こったんママの育児日記

自身の経験をもとに出産・育児に関する情報を発信していきます。

【ひとりごと1】子どもに「生き物が食べ物になる」を教えるのは難しい

スポンサーリンク

先日4ヶ月目のブログ運営報告内で言及していた“ブログの個性”問題。


blog.kottanmom.com


いろいろ考えた結果、普段の記事の合間に私の<ひとりごと>という形で綴った記事を書いてみることにした。


イメージ画像も、引用や参考文献もなく、検索なんてされそうにないタイトルで。


f:id:kottanmom:20181002171140j:plain

子どもが新しい概念を理解していく様を見ているのは楽しい。


現在1歳半の娘は最近「雨」を知ったようで、


顔に滴る冷たい水も
窓に打ち付ける音も
濡れていく地面も
傘をさす様子も


いつの間にかすべて「あめ」と表現するようになっていた。


きっと娘の中に少しずつ蓄積されていったデータの集合体にある日「あめ」という呼び名がついたんだろう。


親としてはできる限りたくさんのものに触れさせて、多くのデータを集めさせてやりたいと思う。


少し前だが、こんなことがあった。


普段行かないスーパーで、休日の特別企画としてマグロの解体ショーが行われていた。


私はエンターテイメントのつもりで娘を抱いて見物客の輪に加わった。


当然娘は喜んでくれるものだと思った。水族館のイルカショーみたいに。


でも違った。


大きな包丁がマグロのカマに振り下ろされた瞬間、娘は「めーーーーーーーーっ!!!」と叫んで泣き始めてしまった。


私を含めその場にいた全員が単純に楽しいショーだと感じていたものは、娘にとっては大好きなお魚が傷つけられる残酷なシーンにしか見えなかったのだ。


私はすぐにその場を離れ、娘に謝った。「ごめんね。お魚かわいそうだよね。」


思えば私たち大人だって牛や豚のと殺シーンは見たくないし、見る機会もあまりない。


同じ哺乳類だから?人間と身体のつくりが近いから?そんなの身勝手だ。


考えれば考えるほど、娘の反応の方が正常だと思えてくる。


娘は水族館で泳いでいる<生き物>の魚も楽しそうに眺めるし、スーパーに並んだ<食べ物>としての魚を指さしても「しゃっしゃー(さかな)」と言う。


ほぐした焼き魚の身も「お魚だよ」と伝えた上でモグモグ食べているのだから、当然理解しているものだと思っていた。


「生き物の命をいただいて生きている」ということを幼い娘にどう伝えたらいいのだろう?


「雨」がそうだったように、いつか自然と理解するときが来るのだろうか。


スポンサーリンク