こったんママの育児日記

自身の経験をもとに出産・育児に関する情報を発信していきます。

【ひとりごと4】子どもが頑張るための原動力は親に褒められることだと思う

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私は昔から勉強が得意だった。


私の両親は2人とも大学を出ておらず、どちらかと言えば教育には無関心な方だったと思う。


だから私の人生に“中学受験”という選択肢は与えられなかったし、親に「勉強しなさい」と言われたこともない。


その代わり、いい成績を取ったからと言って褒められることもなかった。


今でも鮮明に覚えている出来事がある。


高校2年の模試で偏差値80を叩き出し、意気揚々と家に帰ったときのこと。


模試の結果を見た母の感想は「ふーん。これって100が満点なの?」だった。


偏差値の意味も大学受験のシステムも知らない母が、それでも彼女なりにサポートして私たち姉妹を大学まで行かせてくれたことには、今となっては感謝している。


だが、私自身が娘の教育を考えたとき、母は間違いなく反面教師だ。


私は勉強<は>得意だったが、他になんの取り柄もない子どもだった。


運動神経もよくないし、字も下手だし、歌も絵も苦手だった。


習い事はピアノを10年間続けていたが、ろくに練習もしなかったのでたいして身についてはいない。


これは私が親になって感じたことのひとつなのだが、子どもは親に褒められたい生き物だ。


親が褒めてくれるとうれしい。褒めてもらうために頑張れる。


もちろん小さい頃の方が顕著だが、多かれ少なかれ大人になってもそんな部分が残っている。


それを踏まえた上で私の人生を振り返ったとき、ふと思う。


私は子ども時代に親になにかが得意だと褒められたことがあっただろうか?


なにかを伸ばそうと興味を持ってくれたことがあっただろうか?


勉強は塾や学校の先生に、ピアノはピアノの先生に任せっきりだった。


「勉強のことはわからないから」「ピアノはわからないから」となにも口を出さなかった。


でも、あの模試の結果を見せたとき、母がもっと喜んでくれていたら、もっともっと頑張れたのではないか?


ピアノにもっと興味を持ってくれていたら、例えば一緒に習ってくれていれば、もっと夢中になったのではないか?


たらればの話しかできないし、責任転嫁だと言われるかもしれない。


だけど少なくともあの日、私が一番に「すごいね」と言って欲しかったのは母だった。


大嫌いな学校の先生でも、ライバル意識むき出しのクラスメイトでも、毎日長電話していた当時の彼氏でもなかった。


絶対に褒めてくれると思ったのに、返ってきたのは“無関心”。


悔しくて、悲しくて、部屋でひとり隠れて泣いたのを覚えている。


私は娘をできる限り褒めて育てたい。娘の“得意”をひとつでも多く見つけてあげたい。


そして娘がなにか夢中になれることを見つけたなら、一緒に夢中になって伸ばしたい。


子どもの教育には環境を整えることも、投資することも必要なことかもしれない。


でもなにより大切なのは親が興味を持って関わることなのではないだろうか。


将来娘に“反面教師”と言われない子育てができるよう最大限の努力をしようと思う。


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