こったんママの育児日記

自身の経験をもとに出産・育児に関する情報を発信していきます。

【ひとりごと6】私が結婚式で読み上げた手紙を母はどう思っただろう

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私の母は私が3歳になるまで専業主婦だった。


その後起業した父を手伝う形でワーキングマザーとなり、私は保育園に通うことに。


毎朝母と別れるのが嫌で嫌で仕方なく、迎えに来てくれたときには心からホッとするという感覚を今でも鮮明に覚えている。


5歳のときに生まれた妹は生後3ヶ月で保育園に預けられ、私たち姉妹は小6まで学童保育のお世話になっていた。


母はちょうどこの頃父方の祖父母の介護・子育て・仕事と忙しい毎日を送る中でうつ病を患い、一時期は外出することもままならなかった。


そのため、小学校時代に運動会や授業参観に親が来てくれた記憶はないし、学童へのお迎えは当時最先端だったPHSで連絡→自分たちで駐車場まで出向くというシステム。


父のいない平日の夕飯はスーパーのお惣菜やデリバリーピザで済ませることも多く、“母の味”と言えるメニューなんてほとんどないに等しかった。


でもそれが私たちにとっての「当たり前」で、他の子たちとは違う「特別」な境遇であることにアイデンティティすら感じていた。


毎日友達の家に遊びに行ける同級生たちを見ても、運動会でビデオカメラ片手に応援するその親たちを見ても、羨ましいと思った記憶は特にない。


そんな環境で幼少期を過ごした私は、結婚式で読み上げた両親への手紙にこんなことを書いた。

ママは世間で言う“良いお母さん”ていうのとはちょっと違っていたかもしれないけど、私はそれが嫌だと思ったことは一度もありません。
むしろ、家事も育児も適度に手を抜きながらできる範囲でこなす姿勢を見習っていこうと思います。


娘の一生に一度の晴れ舞台で「良いお母さんじゃない」などと言われた母はどう思っただろう。


“完璧な母親でなかったと自分を責めないでほしい”“私の母があなたでよかった”という気持ちはちゃんと伝わっただろうか。


父方の祖父母はとうに他界し、私が高校を卒業する頃には母の病気もほとんど気にならなくなった。


子育てを終え、会社に行くのも週3日となってようやく自分の時間が持てるようになった今、彼女の人生はかつてないほどに楽しそうだ。


ジムに通ったり趣味の旅行を楽しんだり、ときには旬の食材で料理をしてみたり。


初孫である私の娘のことも溺愛し、もちろん娘にも愛され、すっかりよきおばあちゃんとなっている。


そんな母と私の関係はというと、娘が生まれる前よりずっと親密になった。


一緒に過ごす時間が増え、子育ての相談をしたり、困ったときには素直に頼ったり。なんだか今までで一番親子らしい気がする。


働くことに罪悪感をもつお母さんは未だに多いと聞く。


ワーママに育てられた私自身、娘を保育園に預けて働くことには抵抗がある。


でもそれは“娘がかわいそうだから”ではない。働きながら子育てをするということがどれだけ過酷か知っているからだ。


私も世間から見た“良いお母さん”になどならなくていい。最愛の娘にとって良き母であるために、育休後の人生をどうすべきか。


そろそろ真剣に考えなくてはならない時期にきている。


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